キリムの産地と部族【トルコ】

キリムの産地と部族【トルコ】

トルコ TURKEY

 

今世紀の中頃、南シベリア・アルタイ山脈中のパジリク古墳から紀元前5-3世紀のものと推定される、およそ4メートル四方の大きさの絨毯が発見され、これが現存する最古の絨毯とされている。この絨毯については、文様がアケメネス朝のものに類似していることからペルシャ製とする説があり、対してパイルの結びがいわゆるトルコ結び(ダブルノット)であることからトルコ民族系とする説がある。

 

いずれにしろ原初は、「床に座る」文化をもち獣毛を容易に入手できる中央アジアの遊牧民からペルシャに敷物の技術が伝えられたと考えるのが妥当であろう。

 

いっぽう、現存する古いトルコ・キリムでは、セルジュク時代・13世紀のものというベイシェヒル・エシェレフォウル・モスクの断片(コンヤ博物館)、イスタンブル・キリム博物館所蔵のオスマン時代16-18世紀のかなり大サイズのものなどが知られているが、現存物ではこれ以上遡ることがでできない。しかし、織り技法の発展段階から見れば、縦糸に一つずつ毛房(パイル)を結び、次に横糸を通して織り進んでゆく絨毯の以前に、縦糸に横糸を通すだけの比較的製作の簡単なキリムがあって、持ち運びに便利で物を包むこともできたから、常に住居を移す遊牧民の間では、当然ながらバジリクの絨毯よりはるか以前から通用されていたはずである。

 

11世紀、中央アジアで分裂したトルコ族の一部はコーカサスを通って南下、西アジアにセルジュク・トルコ帝国を建立し、マラズギルドの戦いではビザンチン軍を撃破してアナトリアのトルコ化を促進した。このとき傭兵としてセルジュク軍に参加したトルコ族の一派が、セルジュク衰亡後に分立していたトルコ族の小領土を統合してオスマン・トルコ帝国を成立させた。アナトリアの地形は起伏に富み、中央アジアでのように多数の家畜を引き連れての遊牧には向かなかったし、また耕作が可能な土地があったから、トルコ族の多くはおそらく小部族ごとに集落を作って定住し、半農半牧の暮らしにはいった。中央アジアの敷物もこのときアナトリアに定着した。

 

 

織手の主流は農牧家族の女たち

 

トルコでは毛房のある敷物をハル(絨毯)と呼ぶのに対し、毛房のない敷物を一般にキリムの名で総称しているが、実際はキリムにさまざまな織り技法によるタイプがあって、キリムはその一つにすぎない。技法別の主なタイプは、キリム、ソマック、ジヤジム、ズィリの4つである。素材は、縦糸、横糸ともに大半が羊毛であるが、まれにラクダ、縦糸に羊の毛が用いられる。

 

また、鮮明な白を強調するため文様の一部に綿糸が使われているものがある。染めは、古くは当然のことに天然染料が使用されたが、19世紀末にはアリニン染料が入手できるようになって、以後年代を追って合成染料の割合が高まり、この2、30年間ではこれが主流になる。織り手は、女性のみである。厳密にいうなら…部の工房に男性の織り手がいるが、これはトルコでは例外といっていいくらい少数である。

 

トルコの男たちは、こうした手仕事に男子たる者関わるべきでないと考えているふうである。工房も多くない。農・牧家族の女性たちが土間や庭先や敷地の片隅に建てた機屋で制作するものが主流であり、こうした事情は昔も今もあまり変わりがない。機は…般に幅の狭いものが使われてきた。これは遊牧の伝統であろう。幅広の機は移動には不向きである。したがって古いキリムの大きなサイズのものの多くは、左右対称に織った狭い二枚を真ん中ではぎ合わせてある。

 

 

部族よりも産地による独自性

 

トルコ・キリムの魅力は、一にその多彩な図柄にある。エリアごとの伝統のモチーフやパターンを継承しながらも、そのデフォルメと大胆な色彩の扱いに織り手個別の美意識が顕在しているように思われる。これがコレクターたちを惹きつける所以であろう。

 

トルコ・キリムは一般に、バルケシル、アイドゥン、コンヤ、マラトゥヤなどと製作地の名で呼ばばれ、部族の名でよばれるものは少ない。この背景には、強大なオスマン帝国の数百年にわたる拡張、支配の間にヨーロッパ人やアラビア人などの他民族をも含む広範囲な混血が進行し、部族のもつ意味が失われ意識が薄れたという事情が、あるいはあったかもしれない。

 

主要な製作地域をあげると、エーゲ海地方ではバルケシル、ベルガマ、アイドゥン。地中海沿岸では、ムトゥ、アダナ、ガジアンテップ、アナトリア西内陸部では、シヴリヒサール、コンヤ、アクサライ、クルシェヒル。アナトリア東部では、マラトゥヤ、シワス、エルズルム、カルス、ワン。 他にタウルス山中などの遊牧民ユウリュック、東部のクルドのなどのものがあり、またヨーロッパ側のユーゴから移住したトルコ人の居留地であるシャルキョイの図柄は趣を異にしている。

 

 

これからのトルコキリム

 

かつてキリムは、製作者自身かその家族のために作られたが、現在では商品として生産されている。これらのキリムには、あらゆる地域のモチーフやデザインが無碍に取り入れられているために、図柄が生産地を知る手がかりにはなり得ない。素材は羊毛以外にポリエステルなどを混紡した糸も使われ、染料は合成染料が主流になっている。また、意図的に色むらを作り出して合成染料を天然染料に見せかけたものも出回っている。

 

しかしごく近年、良質のキリムを生産しようとする試みがそこここでなされているようである。きっかけは、ドバックとよぶ下宜のプロジェクトチームを中心に始まった、手撚りの糸を天然の素材で染めた昔と同様の手法による絨毯の製作であった。背景には、トルコ以外の生産地と同質の敷物を生産していてはコストの.kで太刀打ちできないという事情があったかと思われる。絨毯、キリムは、トルコの外貨獲得のための重要な産品である。

 

この試みは相当の成果をおさめ、それまで細々とつながってきた手撚りの糸の手法と天然染色の技術が、いまだ限られた範囲とはいえ普及したことで、これがキリムの製作にも波及し始めている。いっぽう半官組織によるアンチーク・キリムの再現製作、販売も続けられている。

 

 

 

 

 

NAVIGATOR’S PROFILE

堀 田 隆 子
共立女子大学文芸部卒。出版ディレクター。芸術関係の出版社で長年にわたり、雑誌・単行本の編集に携わる一方、同出版社の「グッドアース ギャラリー」(キリムやアジアの布を扱う)運営にも係わっている。共著に日本初のキリムの本『キリムのある部屋』や『ペルシャ絨毯図鑑』、『ギャッベ・アート イラン遊牧民カシュガイ族の手織絨毯』などがある。(共にアートダイジェスト刊)



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