キリムの産地と部族【イラン】

 

イラン(ペルシャ) IRAN(PERSIA)

 

ペルシャは現在のイランを表すヨーロッパ側の古名である。イランの織物といえば、ペルシャ絨毯が世界的に知られ余りにも有名である。ペルシャ絨毯が宮殿や寺院を飾り、ヨーロッパ向けの高級敷物として生産されたのに比べて、キリムは、本来、遊牧民が、敷物・テント・布団袋などとして使った生活用品であり、図案もなく家々で家族の為にだけ織られていた。

 

19世紀末から20世紀はじめ、ヨーロッパにおいて王候貴族たちがこぞってペルシャ絨毯を求めた時代、キリムも少数の愛好家によってその素朴で実質的な味わいが紹介され、やがて一般家庭の玄関やリビングルームにも使われるようになった。

しかし、そのキリムは多くの場合、アナトリアが中心で、ペルシャはやはり豪華な絨毯が人気を集めたようだ。ヨーロッパでのペルシャのキリムの普及が遅れたた分、イランのキリムは近代工業化の嵐に巻き込まれることなく、現在も本当の意味での手作りの良質なキリムが、各部族や産地のオリジナリティそのままに織られている。

 

イランには、大きくわけて次のような7部族がいる。
クルド(イラン北西、トルコ国境近く)、シャーサバン(カスピ海西部)、バクチアリ(中西部)、カシュガイ(南西部)、アフシャル(東南部)、バルーチ(東部)、トルクメン(北西部)。彼らの定住化が進んでいるといっても、半遊牧民が多く、素朴で深い味わいのキリムが織られている。
キリムを生産する代表的部族と産地を紹介しよう。

 

 

アゼルバイジャン Azerbaidzhan

 

イラン北西部の州。ここタブリーズ、アルデビル周辺には、クルド族、シャーサバン族、コーカサス系トルコ人が混在し、キリム、ソマックを生産。キリムの特徴は、紫、濃紺を基調とした小花やマヒ(魚文)の細かい文様。シルクのソマックの生産も盛んで、写実的な馬・鹿・鳥などのデザインが施されている。儀式用の馬の背掛のソマックが特に有名で、文様にコーカサスの幾何文、トルコのサソリ文、ペルシャの狩猟文など様々な要素が入り混じっている。

 

 

カシュガイ Qashgai

 

イラン南西部最大の町シラーズは、カシュガイ族が織るウールのキリムの集散地である。カシュガイ族は、16世紀頃北方トルコの侵入により南下してきた民族で、キリムの中にはコーカサスに似た幾何文が見られる。また、今だにザグロス山中をを遊牧し伝統を重んじる民族であり、移動中に織られるキリムは時として色や形に著しい変化(染めむら、モチーフの変化など)を生じるが、しっかりと打ち込まれているためそれがかえって味になっている場合が多い。文様は、丸・三角・菱形・カギなど伝統的な幾何文。色彩は、赤・緑・青・黄・白・ピンクと南の太陽に負けない鮮やかさだ。

 

 

バルーチ Balouch

 

イラン東部ホラサーン、シスターンなどからアフガニスタンやパキスタンに至る広範囲に住むバルーチ族が織る。ケルマンに似て織りは精巧である。キリムとソマックの手法を併用した手の込んだものも多く、文様はギュル風の幾何文、直線的な花文や動物文、ユニークなメヘラビ文に人気がある。色は、赤、茶、黒、濃紺などで全体的には暗い重厚な味わい。赤は黒ずんでいる印象を与えられる。

 

 

トルクメン Turkmen

 

イラン北東部、トルクメン共和国に近いグーチャン周辺に住むトルクメン族が織るウールのキリムは、敷物の他に、テント、サドルバッグ、入口の垂幕など生活に密着したものも多い。トルクメン族は、元来、遊牧騎馬民族で、気性が激しく戦闘的であるが、そのエネルギーが内に向かう時、キリムの上に精巧な技術として表れる。文様は、トルクメン族独特のギュル(紋章。部族、家柄によって決められている)が圧倒的に多く、三角、菱形、縞がその間を埋めている。

 

イランのキリムは、アナトリアに比べて半工業化された産地によるものよりも、部族による原始的な生産に頼っている比率が高く、それだけに独自のオリジナリティ豊かな美しさを失わずにいるのだろう。

 

 

 

 

NAVIGATOR’S PROFILE

堀 田 隆 子
共立女子大学文芸部卒。出版ディレクター。芸術関係の出版社で長年にわたり、雑誌・単行本の編集に携わる一方、同出版社の「グッドアース ギャラリー」(キリムやアジアの布を扱う)運営にも係わっている。共著に日本初のキリムの本『キリムのある部屋』や『ペルシャ絨毯図鑑』、『ギャッベ・アート イラン遊牧民カシュガイ族の手織絨毯』などがある。(共にアートダイジェスト刊)